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生化夜話 第46回 引用したいのは図の説明 - SDS-PAGE

ゴルフ場からタンパク質ラボへ

今日、SDS-PAGEはタンパク質電気泳動の代表的な手法の1つです。しかし、タンパク質とSDSの出会いは、電気泳動ではありませんでした。

1930年代の終わりには、界面活性剤で細菌を殺すことができ、その際には細菌が溶菌したり、抗原が変化したりしていることは知られていました。ウイルスも界面活性剤で不活性化できることがわかっており、ケンブリッジ大学のモトナハリ・スリーニヴァーサヤとノーマン・ウィンゲート・ピリーは、何が起こっているのかタバコモザイクウイルスを材料に詳しく調べてみました。その結果、界面活性剤によってウイルスが分解され、タンパク質が分離していることがわかりました。

この時にピリーが使った界面活性剤がSDSでしたが、その当時は生化学研究用に市販されている製品はありませんでした。ゴルフ好きでゴルフのグリーンの整備に興味があった同僚シドニー・コールのもとに、除草剤に加える展着剤として試すために送られてきたものでした(注:展着剤とは、植物や害虫に農薬が付着しやすいように農薬に加える液体です)。

こうして、SDSがウイルス学の分野からタンパク質研究に入ってきました。しかし、SDS-PAGEの実現にはいま少しの時間が必要でした。

目的ではなく手段

ティセリウスが実用化し、その後各種の改良が加えられたタンパク質電気泳動では、主にタンパク質の電気的性質に基づいて分離されていました。タンパク質の電荷は、そのタンパク質をつくっているアミノ酸の構成に大きく影響を受けますので、原理上は「等電点が全く同じ」ということは、なかなかないはずです。しかし、実際には等電点が近いタンパク質は多く、電気泳動を行ってもオーバーラップしてしまうことがしばしばありました。

ハリー・イーグルは最小必須培地(MEM)をはじめとした功績で今日でもその名が知られています。1961年、イーグルはNIHからアルベルト・アインシュタイン医学校に移って、同校に生物学部を設立しました。生物学部では、イーグルが特に関心をもっていたウイルスと免疫を中心に研究が行われました。

NIHにいたハリー・イーグルのもとには、多数の優秀なポスドクが集まっていました。イーグルがアルベルト・アインシュタイン医学校に移った際、ポスドクの多くもイーグルとともに研究の場を移しました。その中に、後にSDS-PAGEにいたる重要な研究を行うことになるヤコブ・メイゼルがいました。

また、NIHからの移籍組のほかにも、イーグルが各地から呼んだ優秀な人材がいました。その中の一人、キャンベラ出身のビル・ジョキクも、SDS-PAGE実現のきっかけとなる重要な役割を果たすことになりました。

アルベルト・アインシュタイン医学校のメイゼル、ドナルド・サマーズ、ジェームズ・ダーネルは、 ポリオウイルスに感染したHeLa細胞を材料に、細胞内でカプシドの外にもウイルスに由来するタンパク質がつくられていることを示そうとしました。SDSでウイルスを不活性化し、リポタンパク質をSDS・ウレアで可溶化しました。電気泳動もSDSを含むバッファーで行いました。1965年に発表された彼らの論文は、SDS-PAGEの初期の試みの例としてしばしば引用されました。この研究に際し、メンバーの一人のメイゼルに対して、SDSを使えばポリオやほかのウイルスを解離させられるのではないかと、他の研究や自身の経験から提案したのが、前述のジョキクでした。

ただ、メイゼルたちのこの時の研究は、ウイルスの遺伝子にコードされているタンパク質が細胞内で翻訳されていることを示すのが目的でしたので、SDS-PAGEの性質については深く考察はしていません。

メイゼルたちの論文に続いて、同校のグループを中心として、ポリオウイルスやアデノウイルスなど多数の事例が報告されるようになりました。SDS-PAGEはシャープなイメージが得られるのが利点とされました。ただ、分子量に応じて分離されているように見えるものの、それをちゃんと調べるための研究は行われていませんでした。

続いて、ニューヨーク医科大学のエラディオ・ヴィニュエラはファージに感染した大腸菌でどのようなタンパク質がつくられているのかを研究していました。

ところが、ウイルスタンパク質をそれぞれ分離することができないという問題に突き当たりました。そこでメイゼルたちが行ったSDS-PAGEを参考に電気泳動を試みました。そんな折、コールドスプリングハーバー研究所から戻ってきた同僚から、SDS存在下でのショ糖密度勾配遠心ではタンパク質の移動度が分子量に比例することを聞いてきました。そこで「それならSDS-PAGEでも同じように移動度は分子量に比例するのではないか」と思い、RNase A、リゾチーム、ペプシンなど分子量が既知のタンパク質を11種類集めて実験しました。その結果、SDS-PAGEでの移動度はタンパク質の分子量に反比例することがわかり、SDS-PAGEを用いてタンパク質の分子量を推定できることがわかりました。

さて、少々余談です。コールドスプリングハーバー研究所のショ糖密度勾配遠心を聞いたヴィニュエラは、分子量が既知のタンパク質をかき集めましたが、その時のことを振り返って“raiding the refrigerators of the department”と表現しています。まるで嵐のような勢いで、学科中の冷蔵庫を漁っていたのでしょう。

これらの研究に続いて、クラウス・ウェーバーとメリー・オズボーンが、手法の改良とともに40種類のタンパク質でさらに検討を進め、分子量の対数と電気泳動での移動度をプロットするときれいなグラフが得られSDS-PAGEは分子量推定に有効であることを改めて示したり、キース・ダンカーとローランド・ルカートがピコルナウイルスを材料にSDS-PAGEの精度の評価に重点を置いた論文を発表したりと、ウイルスの研究者を中心にSDS-PAGEの基礎が固められ、広がってゆきました。

(ただ、クラウスとオズボーンの方法は、論文の記述や掲載された写真を見る限りでは、濃縮用のスタッキングゲルを使わないようですので、今日のSDS-PAGEよりはバンドの幅が広かったのではないかと思います。)

兵は神速を貴ぶ

このように、アルベルト・アインシュタイン医学校の研究に端を発し、ウイルス研究に携わる研究者の間に普及していったというのが、広く知られているSDS-PAGEの歴史の流れです。

しかし、アルベルト・アインシュタイン医学校のグループよりも数か月早く、MITの大学院生グラント・フェアバンクスが大腸菌の膜タンパク質を分離するために、SDS-PAGEを使っていました。フェアバンクスはそれまで知られていた多くの方法を体系的に試したものの結果は芳しくなく、まだ試していない方法はジクロロ酢酸とSDSという状況でした。ジクロロ酢酸は皮膚や白衣が腐食するので気が進まず、SDSを選んだのでした。フェアバンクスはSDS-PAGEを独力で実現し、分子量と移動度の反比例も見つけていたのですが、彼は一介の大学院生で、まずは研究室としてのテーマであった電気泳動(SDS-PAGEではありません)したタンパク質のオートラジオグラフィーの開発が先に論文になり、ポスドク研究の報告の一部として、SDS-PAGEの話が世に出たのは、アルベルト・アインシュタイン医学校の研究に端を発するSDS-PAGEから5年ほど遅れた1971年のことでした。

メソッドの論文ではないのに

SDS-PAGEの論文の中で、しばしば引用されるのが、SDS-PAGEの分解能の高い変法を示したウルリッヒ・レムリーの1970年の論文です。デービスのディスク電気泳動法の試薬組成にSDSを加えただけのものでしたが、クラウスとオズボーンの方法よりも分離能が良好で、1945-1988年にもっとも多く引用された論文をまとめたThe Most-Cited Papers of All Timeにもランクインするほどの人気となりました。

という具合に、たいへん有名になったこの論文ですが、その研究の趣旨はというと、T4ファージのタンパク質を改良した電気泳動で分離してみたところ、これまでに見つかっていなかった多くのタンパク質が発見された、というもので、あくまでもウイルスタンパク質の研究だったのです。人気の変法はというと、その論文のFig. 1についている長いレジェンドでした。

さて、レムリーのこの論文を、本来の趣旨であるT4ファージのタンパク質研究として引用した論文はどれくらいあったのでしょうか。

2013.04.18追記:SDS-PAGEにまつわる思い出をいただきましたので、ご紹介します。

SDS-PAGEの思い出

学生時代、レムリー法の原著を読もうと図書館に行ったら、製本されたNatureのそのページのところだけが汚れていて、閉じた状態でも黒い筋のようになっていたのを見て、凄いなあと思ったことを思い出しました。
ウェーバーとオズボーンの方法はリン酸緩衝液の連続緩衝液法で試料緩衝液との濃度差で濃縮する方法だったので、濃縮効率は悪かったのですが、反面、分子量と移動度の関係は、レムリー法より直線に近く、精製蛋白質の分子量測定には、こちらの方法を使用していました。その際には、濃いめの試料を少量アプライするのがコツで、塩濃度も低くしないとバンドがきれいに出ませんでした。懐かしい思い出です。
(民間企業 T様)

参考文献

  • Sreenivasaya M. and Pirie N. W,, The disintegration of tobacco mosaic virus preparations with sodium dodecyl sulphate, Biochemical journal, vol. 32, no, 10, 1707-1710 (1938)
  • Mandel B., The use of sodium dodecyl sulfate in studies on the interaction of poliovirus and HeLa cells, vol 17 no.2, 288-294(1964)
  • Summers D. F., Maizel J. V., Jr and Darnell, J. E. Jr, Evidence for virus-specific noncapsid proteins in poliovirus-infected HeLa cell, Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA, vol. 54, no. 2, 505-513 (1965)
  • Shapiro A. L., Viñuela E. and Maizel J. V. Jr., Molecular weight estimation of polypeptide chains by electrophoresis in SDS-polyacrylamide gels, Biochemical and biophysical research communications, vol. 28, no. 5, 815-820 (1967)
  • Weber K. and Osborn M., The reliability of molecular weight determinations by dodecyl sulfate-polyacrylamide gel electrophoresis, Journal of Biological Chemistry, vol. 244, no. 16, 4406-4412 (1969)
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  • Laemmli U. K., Cleavage of structural proteins during the assembly of the head of bacteriophage T4, Nature, vol. 227, no. 5259, 680-685(1970)
  • Dunker A. K., Citation Classic, Current Contents, no 10, 97 (1981)
  • Summers D. F., Citation Classic, Current Contents, no 39, 19 (1983)
  • Pirie N. W,, Recurrent Luck in Research, Comprehensive Biochemistry, vol. 36, 491-522(1986)
  • Viñuela E., Citation Classic, Current Contents, Life Sciences, no. 34, 11 (1991)
  • Pederson T., Turning a PAGE: the overnight sensation of SDS-polyacrylamide gel electrophoresis, FASEB journal, vol. 22, no. 4, 945-953(2008)

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