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生化夜話 第41回:「ペプチド」という言葉を考えたのは誰?

画像予定地:この2つをくっつければ・・・

19世紀、数多くの化合物が生物の構成要素として同定されました。重要な生理プロセスの解明や、病気の治療法開発への期待から、そうした化合物は注目を集めました。

動物の胃に存在する物質については特によく研究され、その中の一つに消化酵素のペプシンがありました。

生気論対機械論から酵素の本体の議論へ

長い間、生物の体内で生じる反応は、生物のみに備わる特別な力によって生じているとする、生気論という考え方が支配的でした。しかし、生物についての知見が蓄積されてゆくのに合わせて生物を構成する要素の因果関係で説明可能であるとする、機械論が唱えられるようになりました。

消化については、18世紀後半にin vitroで消化によく似た現象を起こせることが報告されましたが、生気論者は、人工的な消化様の現象と生体内のプロセスは対応しないと批判的でした。その後も生気論者と機械論者は激しく議論を続け、その流れの中で生物の作用を担う分子の探索が熱心に行われるようになりました。

少し時代を下って19世紀に入り、1820年代にハイデルベルグ大学のフリードリヒ・ティーデマンとレオポルト・グメリンが動物の消化について研究しました。

ここで19世紀初頭の消化についての考えを紹介しておきます。

ロシアの化学者ゴットリーブ・ジギスムント・コンスタンチン・キルヒホッフは、デンプンを加水分解して糖を得ることに初めて成功しました。その後、デンプンから糖への変換は、植物由来の窒素を含む物質に影響されることも発見しました。その反応の様子が、酵母による糖の発酵に似ていることから、胃液の作用も発酵の一種ではないかと考えられるようになりました(今の知識でいえば、酵素が関わる反応が生じているというところは共通です)。

また、その当時は動物の消化は胃で完結すると考えられていました。その当時の認識では、食物は胃で粥状になり、その後、腸で生じる同化または動物化と呼ばれる作用で血液になる、とされていました。

さて、ティーデマンとグメリンの研究に戻りましょう。彼らは胃の中に固形物があるかどうかで、胃の中の液体の量や性質が変化することを発見しました。胃の中が空の場合は、中性に近い少量の液体があるだけですが、固形物が入っている場合には酸性の液体が大量にありました。

彼らはさまざまな化学試薬との反応を調べることで、胃液の正体、すなわち発酵(のように見える作用)を起こしている物質を見つけようとしました。しかし、胃の中でアルブミンやフィブリンを分解している作用が、何らかの化学的プロセスであることはわかったものの、彼らが使用した試薬では酸以外の成分を同定することはできませんでした。

1834年、ヴュルツブルクの医師、ヨハン・ネーポムク・エベールは、窒素を含む食品や凝固した血液を水溶性の成分に変える物質が動物の胃に存在することを報告しました。

エベールは乾燥させた胃の粘膜から消化能力のある溶液を調製することに成功しました。その溶液で処理すると、卵白アルブミンは溶けてしまうだけではなく、検出できなくなりました(アルブミン以外の何かに変わったことを示しています)。

肉から抽出した成分や唾液では同様の結果が得られないことから、粘膜に特有の成分があり、それが消化に関わっているのではないかとエベールは推測しました。

また、エベールと同時期、アメリカの軍医ウィリアムズ・ボーモントは、患者から採取したサンプルから、胃液の主な成分は塩酸であることを発見し、塩酸を用いて胃液を人工的に再現しようとしました。しかし、酸だけの条件検討では胃液のはたらきを再現できず、既知の科学物質以外の何かが作用していると推測しました。

ベルリン大学のヨハネス・ミュラーは、エベールの実験結果に興味をもち、1834年から1835年にかけて追試を行いました。彼はエベールの得た結果を確認し、弟子のテオドール・シュワンにさらに詳しい分析を進めるよう指示しました。 シュワンは黄色がかった透明な液体を粘膜から調製しました。この液体を試料に、ティーデマン、グメリン、エベールの実験を再度行い、アルブミンに対する胃液の作用は塩酸によるものではなく、肉から抽出した成分や唾液との反応とも異なるとの結論に達しました。

シュワンの見たところ、彼の試料の反応は、ベルリン大学の化学者エイルハルト・ミッチェルリヒの「接触反応」によく似ていました。エチルアルコールをエチルエーテルに変換する際に硫酸を使用します。しかし、その反応で硫酸自体は消費されないことから、その説明としてミッチェルリヒが提唱した考えで、早い話が今日でいう触媒反応です。同じベルリン大学の同僚であり、シュワンの師であるミュラーも、ミッチェルリヒの接触反応という考えを支持していました。

また、ミュラーとシュワンは、消化は発酵とは異なるが、前述の接触反応の硫酸のように、何らかの発酵素(=酵素)が関わっているだろうと推測しました。

1836年、シュワンは胃液に含まれアルブミンやフィブリンを消化する役割を担う酵素をペプシンと名付け、論文を発表しました。

ペプシンの語原であるギリシア語のpepsisは、元は病気の発病にいたる過程に用いられた言葉で、体液の異常な混合を指す言葉でした。その後、アリストテレスが材料となる物質が変化することを示す言葉として使うようになりました。pepsisの意味は後に、アリストテレスの用法から発展して、生物の自然な熱により水の存在下で生じる反応とされて、胚が育つことや果実が熟すことや、果ては錬金術師によって拡張された理論により、金や生物を生成することまで含まれるようになりました。早い話が、元の物質から変化することの総称として都合よく使われていた言葉のようです。

発表当時、シュワンのペプシン説には賛否両論あり、その当時の化学界の重鎮ベルツェリウスは、シュワンの考えにおおむね同意していたものの、真偽を確かめるためにペプシンの単離をすすめ、もう1人の重鎮リービヒは懐疑的でした。

それから何人かの研究者がペプシンの単離に挑戦し、中には単離に成功したと主張する者もいました。

例えば、シュワンと同門のエルンスト・ブリュックもペプシンの単離に挑戦し、リン酸カルシウムに吸着させてから希釈した塩酸で溶出してみました。溶出液はミロン反応やビウレット反応の結果をみる限りタンパク質は含まれていないようでした。しかし、ブリュックはこの溶出液の性質について詳しく研究しました。20世紀のはじめまで、ペプシンに限らず酵素の本体はホルモンやビタミンなどと同様の低分子化合物であり、タンパク質は酵素本体を安定させるためのコロイド状のキャリアーだと思われていました。当時のブリタニカ百科事典や、教科書にも酵素はタンパク質ではないと書かれていました。その点からすると、ブリュックが実験を継続したのは、常識的なものだったのです(もちろん、実験の結果は推して知るべし、ですが)。

もちろん、その当時にもエドゥアルト・ブフナーやヘルマン・エミール・フィッシャーなど一部の研究者は、酵素の本体がタンパク質であると考えていましたが、酵素とタンパク質がイコールであるとする説が有力になるのは、ロックフェラー研究所のジョン・ノースロップがペプシンを結晶化し、その分析結果から酵素活性を担うのはタンパク質であると改めて主張してからのことでした。

分解から合成へ

ペプシンの性質を調べた研究者の1人、カール・ゴットヘルフ・レーマンは、ペプシンで消化した産物である、元のタンパク質よりかなり小さくなった分子をペプシンの語幹を活用してペプトンと名付けました。生物の触媒反応を担う分子を酵素(enzyme)と呼ぶことを提唱したヴィルヘルム・キューネと彼の弟子たちは、レーマンの研究を受けてペプトンを硫安沈殿で分離し、分類しました(この分類にどれだけ意味があるのかはなはだ疑問ではありますが)。その結果、ペプトンは化学的に不均一なさまざまな分子の混合物であることがわかりました。

ペプシンによる分解でペプトンができるのは実験的に確かめられましたが、腸で吸収された成分が流れるはずの門脈血にはペプトンが含まれていないことから、腸でペプトンが血液に変換されると考えられるようになりました。

しかし、1901年にハイデルベルグ大学のオットー・コーンハイムが検証してみたところ、腸粘膜の抽出産物はペプトンをタンパク質に組み立てるどころか、その逆でアミノ酸レベルにバラバラにしていました。

さて、こうなるとアミノ酸からタンパク質を組み立てるところに注目が集まりそうですが、コーンハイムの研究の少し前から、アミノ酸をつなげる研究は行われていました。

19世紀のうちに、ハイデルベルグ大学のテオドール・クルティウスがグリシンを2つつなげた化合物(グリシルグリシン)の合成に成功しました。しかし、クルティウスのグリシルグリシンには端に生体内の分子とは異なりベンゼン環がついていて、しかもこれをうまく外す方法がないため、アミノ酸2つを超えて伸張することができませんでした。

ヘルマン・エミール・フィッシャーは糖やプリン誘導体の合成の大家で1902年にノーベル化学賞を受賞することになりましたが、ノーベル賞受賞の少し前、19世紀末あたりからタンパク質に研究の中心を移していました。前述のようにクルティウスの方法では、生体内にあるような長いアミノ酸鎖を合成できなかったので、フィッシャーは糖の研究で培った有機化学の経験を活かして、アミノ酸をつなぐ方法を研究しました。その結果、1901年には生体内のグリシンと同様の分子が結合したグリシルグリシンの合成に成功し、その後、最長で18アミノ酸まで伸ばすことに成功しました。

ちなみに、この成果に気をよくしたフィッシャーは、知人への手紙の中で、人工食料や人工生命までもう少しだ、と語っていますが、その先の長い道のりは皆さまご存じの通りです。

1902年に開催された学会で、フィッシャーは研究中のアミノ酸鎖合成法を紹介しました。その際に、ペプトンよりは小さく、アミノ酸が複数つながった分子の名前として、ペプチドを使いました。

というわけで、ペプチドという言葉の考案者はヘルマン・エミール・フィッシャーです。フィッシャーの講演の文章は入手できなかったので、フィッシャー自身がペプチドの語原についてどう説明していたのかは定かではありません。ここは完全に筆者の推測ですが、フィッシャーが糖の研究で長い経験を積んできた研究者であることからすると、ペプトンの末尾にある-onを外して、多糖のPolysaccharidの末尾にある-idをつけたのではないでしょうか(ちなみにドイツ語表記です。英語表記の場合は-oneと-ideです)。

フィッシャーは酵素の本体がタンパク質だと考えていたものの、自身がそれを証明することはできませんでした。しかし、フィッシャーに化学の手ほどきを受けた学生の1人、オットー・ハインリヒ・ワールブルクが、旧黄色酵素を用いた研究により酵素の本体がタンパク質であることを視覚的に示すことに成功し、酵素とタンパク質の関係の議論に決着をつけたのでした。

参考文献

  • Freudenberg K., EmilFischer and his contribution to carbohydrate chemistry, Advances in Carbohydrate Chemistry, vol. 21, 1-38 (1967)
  • Matthews D. M., Otto Cohnheim--the forgotten physiologist, British Medical Journal, vol. 2, no. 6137, 618-619 (1978)
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  • Fruton J. S., A history of pepsin and related enzymes, Quarterly Review of Biology, vol. 77, no. 2, 127-147 (2002)
  • Kunz H., Emil Fischer - Unequalled classicist, master of organic chemistry research, and inspired trailblazer of biological chemistry, Angewandte Chemie International Edition, vol. 41, no. 23, 4439-4451 (2002)
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