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東京工業大学大学院生命理工学研究科 伝田公紀先生
探日録 第10回:私のセレンディピティ - 細胞進化を語り継ぐア-キアV型ATPaseの発見《後編》

前回の探日録では、好酸好熱菌スルフォロブスより新しいタイプの膜結合性ATPaseが精製され、酵母のV型ATPaseとの類縁性が示唆されたというお話しをしました。それを受けてスルフォロブスATPase遺伝子の単離を目指しての競争が始まります。盛り上がりを見せる研究の次のバトンはいったい誰の手に渡るのでしょうか。

賽は投げられた

小西さんの発見以前から、私はスルフォロブスATPaseの遺伝子クローニングに挑んでいました。当初はATPaseが生物種間でホモロジーが高く特異的な結合が期待されるという根拠で、好熱菌由来のF1-ATPase遺伝子のDNA断片をプローブとして、ゲノムDNAライブラリーからスクリーニングしようとしていました。しかし、今だから言えることですが、そもそもF型でないアーキアのATPase遺伝子はこのアプローチの仕方では単離できるわけがありません。小西さんの発見以後、方針転換を余儀なくされることになった私は、吉田先生の陣頭指揮のもとで覚悟を決め、激戦のさなかとなる研究テーマに仕切りなおしで志願し、吉田先生の親友の伊達孝保先生(金沢医大・第一生化学講座教授)の研究室へ派遣され、研究を遂行することになりました。

伊達先生はかつての留学先のUCLAで、膜タンパク質研究の大家であるWilliam Wicknerに「お前は一番弟子だ」といわれていたそうで、先生の詳細な実験レシピが再現できれば、その日の仕事は全て上手くいくというような方でした(教えられたことと違う実験操作をすれば、翌日実験をやり直すことになると、そのころの医局に出入りするレジデントの若いお医者さんたちからも聞かされました)。その後まもなく、私は伊達先生の直々の遺伝子操作のご指導の許に、幸運にも短期間でターゲットのスルフォロブスATPase遺伝子クローニングに成功することができました。

金沢医大のすぐそばには、延長9kmの砂丘が続く風光明媚な内灘海岸があり、毎夕砂浜に散歩に出かけては日本海の落日と入れ替わりにいか釣り漁船の集魚燈が灯されるのを神妙な面持ちで眺めながら、翌日の実験結果を祈願したものです。研究がまとまり発表されるまで、完璧にご支援くださった吉田先生と伊達先生にいまだに感謝の念は絶えません。

当時のDNAシーケンシングは、dideoxy法でアイソトープ標識した検体を60cm長のポリアクリルアミドゲルで泳動し、分画したものをオートラジオグラフィーで検出しマニュアルで読むというものでした。リシーケンスを並行させながら、連日の実験で集めた多数のX線フィルム上に標された断片配列をアセンブルさせ、作成したコンティグの配列データをGenetyxソフトにより一次構造解析しデータベース検索を行った結果、スルフォロブスATPaseの2つの大きなサブユニットは共にF型ATPaseとのみ、25%程度の有意なホモロジーが認められました。F型ATPaseは生物種間で極めてよく似ているため、スルフォロブスATPaseがF型に属するとはいいがたく、非常に奇妙でした。

急転直下

ところがそのすぐ後に、酵母やアカパンカビ、シロイヌナズナのV型ATPaseの一次構造が次々と発表され、それらが確かにV型のATPaseファミリーを構成することがわかってきました。これらV型ATPase の一次構造をスルフォロブスATPaseと比べたところ、大きな2つのサブユニットではそれぞれ互いに50%以上という驚くべき相同性があることが見いだされました(当時吉田先生が参加されたOsnabrück(ドイツ)の国際会議では、学会会場ではじめてその相同性の高さが発見され、一番おもしろい発表と評されたそうです)。両者の配列を並べてみると、ほとんどギャップも挿入もなしにホモロジーを辿ることができます。それゆえ、スルフォロブスATPaseは真核生物のV型ATPaseファミリーに属すると結論されました。それ以後、スルフォロブスATPaseと配列のよく似たATPaseが続々と他のアーキアからも報告され、この結果はアーキア一般に適用されることが明らかになりました。

プロトンATPaseの進化
図1.プロトンATPaseの進化
ここでは紙面の都合上、アーキアATPaseはV型ATPaseに属すと表現しましたが、厳密には、図表にもあるように、V型 ATPaseファミリー中でもアーキアATPase同士は特にホモロジーが高いことがその後にわかり、ひとまとまりのサブグループと してA型と呼ぶ方が的確とされます(名古屋大学 向畑恭男名誉教授、井原邦夫准教授)。因みに本編の図1と図2は、吉田先生直筆のいつ見ても クールなイラストです。
<推定される祖先型プロトンATPase>
現在のプロトンATPaseもヘモグロビンに対するミオグロビンの間柄のように、元々の モノマーが六量体化し、協同性をもつようになったのだろうと想像できます。

図は、Springer社の許可を得て掲載

この発見は、V型ATPaseの配列情報としては“1st sequence”としてばかりでなく、アーキアにおいてはV型ATPaseがATP合成酵素として働く可能性を強く示唆するものであり、F型ATPaseが生物界における唯一のATP合成酵素であるという教科書的知識は再検討する必要が生じました。さらに、H+-ATPaseの進化について以下のような仮説を提案しました。すなわち、原始的なH+-ATPaseがまず2つに分化した。一方は細菌細胞膜型、ミトコンドリア型や葉緑体型のFタイプのATP合成酵素へと進化したが、他方はアーキアにおいてATP合成酵素として機能し、それがやがて真核生物への進化の過程で、何らかのメカニズムでV型ATPaseへと発展しました。
真核生物の起原に関する細胞内共生説および膜の表裏を考えるならば、上記仮説からは、アーキアが細胞内共生説の宿主であり、膜小胞系はその細胞膜の陥入によって生じたという考えがさらに導かれることになります。

プロトンATPaseからうかがえる細胞内共生説
図2.プロトンATPaseからうかがえる細胞内共生説
F型とV型ATPaseの関係からみれば、アーキアの祖先は細胞内共生説における宿主細胞であり、 その膜陥入ならびに他の原核細胞が共生していく過程で真核細胞が形成されていったことがうかがえます。

図は、Springer社の許可を得て掲載

百川海に朝す

このホットな話題を、海外の3研究室と共同でjoint paperとして発表しようということになりました。その際、吉田先生がATP合成酵素の結晶構造解析で後にノーベル化学賞(1997)を受賞したJohn Walkerに、”Do you have any connections with Nature’s editorial office?”と尋ねたところ、”No”と答えてきたそうです。
このときもし彼がてこ入れしてくれていたら、状況はかなり変わっていたはずです。はじめに投稿したNatureでは、Resarch Articleではなく、Letters to Natureならば受理するというのが編集部の返答でした。今考えると、おそらくそれでもよかったのですが、4研究室間のそのときの協議の結果、急遽書式を手直ししてScienceに投稿しなおそうということになりました。
ところが、次のScience誌投稿中に共著者のひとりが断りなくTiBSに私たちの論文の主内容を抜け駆け投稿したことが発覚し、さらに折り悪く掲載されてしまい、priorityが損なわれたとしてScienceへの掲載は叶わなくなりました。このほか、自分のデータも持ちあわせていないのにScienceにスクープしようとする研究者が現れるなどの憂き目も見ることになりました。
それとは別に、2013年にノーベル生理学医学賞を受賞したThomas Südhofが、先に開示されていた我々のJ. Biol. Chem. 2篇を引用し、「ヒト細胞小器官(クロマフィン顆粒)のATPaseとアーキアのATPaseはよく似ている」という同じ主旨の論文を先行発表するというようなことも起こりました(私が彼の立場だったら、やはり抜け目なく引用したと思います)。
覆水盆に返らず。紆余曲折の末、結局我々の論文はPNASに掲載されたのでした。

"惜しかったなあ…“と周囲から言われそうなこの話、学び取ることがあるとすれば、自然科学の世界も人間の社会には変わらないということでしょうか。今ほど容易でないとしても、クローニングに誰よりも早く成功したというだけの研究成果で、それ自体はさほどレアな幸運でもないのかもしれませんが、思いがけないデータを得られたのは千載一遇だったわけです。
注目されそうなデータを手にするほど、論文の受理が確定するまでは油断せず慎重かつ迅速(かつ秘密裏?)に論文投稿を進めなければならないことをまざまざと思い知らされる出来事であり、四半世紀経った現在もありありと思い出されます。

謝辞

第1回 探日録を執筆され,私の拙文をご監修くださいました笠井献一先生、執筆の機会をいただき大変お世話になりました三浦由美子さん、藤元宏和さん、GE Healthcareの渡辺久美子さん、安部直子さん、松尾亜紀さんに深く感謝します。

 

参考文献

  1. Konishi J、 Wakagi T、 Oshima T、 Yoshida M. (1987) Purification and properties of the ATPase solubilized from membranes of an acidothermophilic archaebacterium、 Sulfolobus acidocaldarius. J. Biochem. 102、 1379-87.
  2. Denda K、 Konishi J、 Oshima T、 Date T、 Yoshida M. (1988) The membrane-associated ATPase from Sulfolobus acidocaldarius is distantly related to F1-ATPase as assessed from the primary structure of its alpha-subunit. J. Biol. Chem. 263、 6012-6015.(このほか J. Biol. Chem. 3篇)
  3. Human endomembrane H+ pump strongly resembles the ATP-synthetase of Archaebacteria. (1989) Südhof TC、 Fried VA、 Stone DK、 Johnston PA、 Xie XS. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.、 86、 6067-6071.
  4. Evolution of the vacuolar H+-ATPase: implications for the origin of eukaryotes. (1989) Gogarten JP、 Kibak H、 Dittrich P、 Taiz L、 Bowman EJ、 Bowman BJ、 Manolson MF、 Poole RJ、 Date T、 Oshima T、 Konishi J、 Denda K、 Yoshida M. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.、 86、 6661-6665.
  5. Archaebacterial ATPases: relationship to other ion-translocating ATPase families examined in terms of immunological cross-reactivity. (1990) Konishi J、 Denda K、 Oshima T、 Wakagi T、 Uchida E、 Ohsumi Y、 Anraku Y、 Matsumoto T、 Wakabayashi T、 Mukohata Y、 Ihara K.、 Inatomi K.、 Kato、 K、 Ohta、 T、 S. Allison、 W、 Yoshida、 M. J. Biochem.、 108、 554-559.
  6. Molecule and gene of Sulfolobus acidocaldarius ATPase. (1990) Denda K、 Konishi J、 Hajiro K、 Oshima T、 Date T、 Yoshida M. Plenum Press NY.、 Bioenergetics; Molecular Biology and Pathology (Kim、 CH & Ozawa、 T、 eds.)、 pp. 341-351.

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東京工業大学大学院生命理工学研究科 伝田 公紀先生

1984年北海道大学農学部農芸化学科卒業。1989年東 京工業大学総合理工学研究科修了(理学博士)。
日本学術振興会特別研究員(PD)、東京工業大学理学部助手、2007年同大学大学院生命理工学研究科助教、現在に至る。専門は生化学、分子細胞生物学。

→ 東京工業大学大学院 生命理工学研究科のHP

ノーベル賞受賞の翌年に来日したPaul Boyer教授を囲んでの写真。

東北大学大学院 小川 智久先生
(左端がこのとき80歳のBoyer先生、中央が吉田先生、右端が筆者)

Boyer教授はテニスも上級者(吉田先生も敵いませんでした)で、事前に吉田先生から勧められた通りラケットとシューズを持参し、 招待講演の来学時に合わせ、テニス大会が実現しました。


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