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東北大学大学院生命科学研究科 小川 智久先生
探日録 第7回:難産であればあるほど面白い!?《後編》

前回の探日録では、もともとはリコンビナントタンパク質発現系構築のため苦労してクローニングしたハブ毒ホスホリパーゼA2(PLA2)アイソザイムのcDNA。その塩基配列の比較からヘビ毒遺伝子の「加速進化」の発見に繋がったというお話をしました。さて、リコンビナントタンパク質の発現はどうなったのでしょうか?実は、博士課程の3年+αでは上手くいかず、残念ながら博士論文に含めることはできませんでした。

言うは易し、行うは難し:リコンビナント発現!?

今でこそリコンビナント発現用のベクターには、様々な選択肢がありますが、当時は利用できるベクター種も限られ、情報自体も少ない状況でした(今のようにインターネットの情報も十分でなく、GopherやWWWの初期の頃です)。しかし、遺伝子実験の共同施設であった榊佳之先生の研究室には、大学の各部局から研究者、大学院生が集まり、様々な研究が行われていました。そのような環境は、実験を進める上でも非常によい刺激を受けました。もちろんリコンビナント発現を行っている人もいたので、それを参考に手に入るベクターで大腸菌での発現系を試みたのですが…毒タンパク質PLA2の発現は一筋縄でいくものではありませんでした。

ボツ実験のヤマ:感謝とお詫び

そもそもPLA2は、内部にジスルフィド結合が7組もあるのでフォールディングが難しいこと、さらに活性状態で発現するとPLA2はリン脂質を分解する酵素で、大腸菌の細胞膜を壊すだろうことが予想されました。実際、大腸菌で発現させた中には溶菌するものがありました。「溶菌=PLA2が発現しているらしい」と嬉しく思ったのも束の間、M9CA人工培地を用いたり、プロモータを換えたりして発現を厳密に行う工夫をしても、活性がある状態ではなかなかうまく発現できません。そして試行錯誤の結果、サブクローニングで用いたpUC系ベクターでβGalフラグメントとの融合タンパク質、インクルージョンボディーとして不溶物で発現させることに成功したのでしたが…まだまだ、道は遠いのです。このあと可溶化の後にトロンビンで消化して、リフォールディングする必要がありました。尿素やグアニジンによる可溶化では、トロンビン酵素など失活させるため使えません。そのような状況の中、上手くいったのは当時九州大学薬学部井本研の山田秀徳先生(後に岡山大学工学部教授)が開発されたTAPS-sulfonateで、半シスチンを可逆的に修飾すると同時にインクルージョンボディーを可溶化できる優れた化学修飾法でした。これはトロンビンでの切断も上手くいき非常に有用な方法でしたが、残念ながらPLA2のリフォールディング自体の効率が悪かったため、十分な量を得ることができませんでした。結局、大量調製のために元のタンパク質のメチオニン(Met)をロイシン(Leu)に置換し、Met残基を新たに切断部位に導入して臭化シアンで化学的に切断する方法を採用したのでした(文献4)。

また、培養細胞の学内トレーニングの機会を通して、農学部の村上浩紀先生(故人)にも大変お世話になりました。この時リコンビナント発現を動物細胞で試みたのですがやはり上手くいきませんでした。しかし、タンパク質を大量に生産できるハブ毒腺細胞に興味をもち、村上先生にアイデアをお話しすると、すぐに毒腺細胞の株化をやってみようということになりました。こちらも毒タンパク質自体の毒性のためか上手くいかずボツ実験となりましたが、培養細胞の技術だけでなく、研究に対する考えや多くを学ぶ機会をいただきました。そして、これは榊研究室のときもそうでしたが、身近に様々な実験を行っている人がおり、それを参考にして自身のアイデアを様々な実験、方法で取り組むことができました。このような自由な発想での研究環境を利用させていただき、トライさせていただいたことに、当時お世話になった先生方に感謝するとともに、結果(論文)に辿り着けずにボツ実験のヤマとなったことをこの場をお借りしてお詫び致します。
当時のアイデアをもとに「加速進化の分子機構の解明」などの難問に現在も引き続き取り組んでいます。

杜の都仙台へ:タンパク質の「加速進化」、新たな展開

1997年初め、縁があって東北大学農学部の村本光二教授の研究室に助教授として移ることになりました。この時、移ることを(正確には応募を)決めた要因の一つに、村本教授の論文の中で「細菌毒」と「生体防御レクチン」に何か惹かれるものがあったためです。そして、東北大学に移ってすぐにアナゴ体表粘液に存在する2種のガレクチン(動物レクチンファミリーの一つで、コンジェリンIとII)のクローニングとリコンビナント発現を行うことになりました。そして全くの偶然で驚いたのですが、これら2種のガレクチンのcDNA配列を解析したところ、ヘビ毒と同様に「加速進化」していることがわかったのです(文献5)。運命的な出会いを感じた瞬間でもありました。

また、このアナゴガレクチンは、大腸菌でのリコンビナント発現やX線結晶解析での結晶化の実験でも優等生でした。1 Lの培地から精製したリコンビナントガレクチンが100 mgほど得られるのです。また1週間も経たないうちにX線構造解析用の良質の結晶が得られたのです。名古屋大学工学部の山根隆先生と白井剛さん(現長浜バイオ大学教授)との共同研究で、立体構造の方からも加速進化について興味深いことがわかりました(文献6)。加速進化により機能進化(糖鎖認識)だけでなく、フォールド進化も起こっていることがわかったのです。

自然に学び利用する:ハブ毒PLA2リコンビナント発現のリベンジ

この素晴らしい研究材料(アナゴガレクチン)との出会いは、長年の懸案でもあったハブ毒PLA2のリコンビナント発現にも貢献してくれました。リフォールディングにより活性のあるハブ毒PLA2をまがりなりに得てはいましたが、様々な変異体を作りたいと思っても、効率が悪すぎるなど、このやり方には多くの問題がありました。そこで、アナゴガレクチンの発現量が非常に多いことに加え、分子内にシステイン(Cys)が含まれていないので、立体構造形成(フォールディング)に有利なこと、発現したタンパク質が糖鎖と結合するのでアフィニティークロマトを利用できること、そしてガレクチン自体タンデムリピート型やキメラ型といった"融合タンパク質"が天然に存在することから、リコンビナントタンパク質発現のタグとして使えるのではないかと考えたのです。実際に筋壊死型PLA2のリコンビナント発現に応用したところ、シャペロンの共発現とも相性が良く、フォールディングされたPLA2を効率良く得ることができました(文献7)。タグのガレクチン部分が、フォールディングを手助けしているらしいことやPLA2の毒性を抑えてくれていることから上手くいったようです。我田引水、自画自賛(?)ですが、このガレクチンをタグにした大腸菌での発現系のおかげで、様々なベクターで上手くいかなかった難発現性のタンパク質発現にも成功しました(文献8)。大腸菌でのリコンビナント発現系で最も優れたもののひとつではないかと思っています。

このような紆余曲折があり、上手くいかなかった研究も、そのおかげで様々な経験と人との出会いを与えてくれたのかもしれません。それが自分の糧、宝になっていると思っています。「若い時の苦労は買ってでもせよ」だったのです。

 

参考文献

  1. Ogawa, T., Shimohigashi, Y. and Ohno, M. (1997) Evidence for functional involvement of asparagine 67 in substrate recognition by snake venom phospholipases A2. J. Biochem., 122, 955-960.
  2. Ogawa, T., Ishii, C., Kagawa, D., Muramoto, K. and Kamiya, H. (1999) Accelerated evolution in the protein-coding region of galectin cDNAs, congerin I and congerin II, from skin mucus of conger eel (onger myriaster). Biosci. Biotech. Biochem., 63, 1203-1208.
  3. Shirai T., Mitsuyama C., Niwa Y., Matsui Y., Hotta H., Yamane T., Kamiya H., Ishii C., Ogawa T., Muramoto K. (1999) High-resolution structure of the conger eel galectin, congerin I, in lactose-liganded and ligand-free forms: emergence of a new structure class by accelerated evolution. Structure 7, 1223-1233; Konno A, Kitagawa A, Watanabe M, Ogawa T., Shirai, T. (2011) Tracing Protein Evolution through Ancestral Structures of Fish Galectin. Structure 19, 711-721.
  4. Seto M., Ogawa T., Kodama K., Muramoto K., Kanayama Y., Sakai Y., Chijiwa T., Ohno, M. (2008) A novel recombinant system for functional expression of myonecrotic snake phospholipase A2 in Escherichia coli using a new fusion affinity tag. Protein Expression and Purification, 58 (2), 194-202.
  5. Watanabe M., Nakamura O., Muramoto K., Ogawa T. (2012) Allosteric regulation of the carbohydrate-binding ability of a novel conger Eel galectin by D-mannoside J. Biol. Chem. 287, 31061-31072.

 

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東北大学大学院 小川 智久先生

東北大学大学院生命科学研究科 小川 智久先生

1963年福岡県生まれ。大分育ち。1986年九州大学理学部化学科卒業。同大学大学院理学研究科化学専攻修了(理学博士)。学術振興会特別研究員,九州大学理学部助手を経て,1997年より東北大学農学部助教授,2001年より東北大学大学院生命科学研究科助教授(2007年から准教授),現在に至る。雑誌RikaTan(理科の探検)企画・編集委員。専門はタンパク質科学,タンパク質工学。最近は,ヘビ毒(ベノミクス)研究のほか,レクチン・糖鎖研究や真珠バイオミネラリゼーションの研究なども行っている。
趣味は,週イチのテニス。安くて美味しい日本酒,ワインを見つけること?

→ 東北大学大学院 生命科学研究科のHP

今回、「探日録」をご執筆いただいた、小川 智久先生の書籍です。

Protein Engineering - Technology and Application

Protein Engineering - Technology and Application

  • Edited by Tomohisa Ogawa
  • ISBN 978-953-51-1138-2
  • 196 pages
  • Publisher: InTech
  • DOI: 10.5772/3363

InTechにてOpenAccessでご覧いただけます。

 

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