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生化夜話 第10回:ブロッティングとは呼ばないで - サザンブロッティング

きれいに刷れるかな?

1960年代後半、エジンバラ大学、哺乳類ゲノムグループのピーター・ウォーカーのグループに、エドウィン・サザンという青年が加わりました。まだ、研究者にもゲノムという言葉があまり広まっていなかった時代のことです。

サザンによると、イギリスで最初の本格的な分子生物学の研究室は、エジンバラ大学の分子生物学研究室だそうです。サザンが加わった当時、系統学的には近縁であるはずの生物でも、ゲノムのサイズは相当に異なる場合があることがわかってきており、その違いが何に由来するのかが分子生物学研究室で問題になっていました。

その原因の候補として挙げられたのが、サテライトDNAでした。サテライトDNAは密度勾配遠心で分離することができたので、その配列を解析することが、サザンの仕事になりました。

という具合に、もっともらしい説明ではありますが、サザンが後に書いているところによると、ゲノム中の特定の配列を分析する方法が当時はほとんどなかったため、密度勾配遠心で分離できたサテライトDNAくらいしか配列を分析できそうになかった、というのがサテライトDNAがターゲットになった理由の一つのようです。

サザンは、1965年にサンガーが開発したRNAフラグメントの配列決定法をDNA用に改変して、サテライトDNAの配列決定に挑みました。その方法の中心となるのは、ポリアクリルアミドチューブゲルでDNAを電気泳動し、それをろ紙に転写、イオン泳動で二次元目を行う、という操作でした。

結局、サテライトDNAについてわかったのは、サテライトDNAは比較的シンプルな反復配列であり、変異も多いということでした。その結果から、サザンはサテライトDNAには特に機能はないと推測し、もっと機能が明らかな遺伝子を分析したいと思うようになりました。

5S rRNA

その後、サザンは同僚のピーター・フォードとの研究で、卵母細胞には大量の5S rRNAが含まれており、しかも卵母細胞に含まれる5S rRNAは、体細胞で発現している5S rRNAとは部分的にRNAの配列が異なることを発見しました。この結果から、5S rRNAといっても卵母細胞で発現している遺伝子と、体細胞で発現している遺伝子は別のものではないかと想像をかきたてられ、サザンは5S rRNA遺伝子の制御についてさらに調べることにしました。それぞれの遺伝子を分離できたら、その上流部分を調べて転写を制御している配列を見つけられるかもしれません。

しかし、5S rRNA遺伝子は、サテライトDNAのように密度勾配遠心で分離することはできませんでした。また、スタンフォード大学で組換え技術が開発されたのですが、安全性についての決着がついておらず、サザンが5S rRNA遺伝子の分離を試みた時点では、使うことができませんでした。

そこで、サザンは自分の研究目的に適した実験法を開発するところから始めることにしました。道具がないなら道具を作ってしまえ、という彼の発想は、イギリス空軍で整備士をしていたサザンの父親の影響だそうです。

怠惰は発明の父

1970年代初頭、II型制限酵素でDNAの特定の配列を切断できることと、制限酵素で消化したDNA断片をゲル電気泳動で分離できることが示されており、サザンはこの手法を応用してみることにしました。しかし、巨大なゲノムを丸ごと制限酵素消化すると、膨大な種類の断片ができてしまい、当然、電気泳動した結果は見事なスメアです。

同僚が、そのような場合はゲルをスライスして、そこからDNAを溶出させ、ニトロセルロースメンブレンにトラップればよい、と教えてくれました。確かに、その方法で5S rRNA遺伝子を含むDNA断片を分離することは、理屈の上ではできるのですが、laziness, the father of invention(怠惰は発明の父)と書いてしまうくらいに面倒なことが嫌いだったサザンは、そんな退屈な作業はしたくありません。

ゲルのスライスを嫌がったサザンは、in situ hybridizationを応用して、電気泳動ゲル中のDNAに対して、RNAをハイブリダイズさせてしまおうとしました。しかし、サザンのこの試みは、DNAがゲルから染み出してしまい、失敗に終わります(後に他のグループがこの手法に成功しているので、アイディアは悪くなかったのです)。

この時、DNAがゲルから染み出すことに着目すればよかったのですが、サザンの努力はあらぬ方向に向かいました。アガロースを過塩素酸ナトリウムで溶かせることを知ると、今度は過塩素酸ナトリウム溶液にアガロースゲルを浮かべて、その上にメンブレンを置いておき、溶解したゲルから出てきたDNAをトラップしようとしたのです。

アガロースを溶かすのには時間がかかるので、のんびりと座って待っていたところ、ゲルの上にどんどん過塩素酸ナトリウム溶液の滴が出てきました。アガロースゲルは隙間が多く、溶液が隙間を通り抜けてしまったのです。ここでようやく、サザンは面倒を嫌っているはずの自分が無用の手間をかけていることに気付きました。単にDNAをアガロースゲルから染み出させて、メンブレンにトラップすればよいだけのことだったのです。

この経験を元に、アガロースゲル電気泳動でDNA断片を分離し、メンブレンに転写、RNAプローブをハイブリダイズさせて検出、という今日のサザンブロッティングの骨格を作り上げることになりましたが、そこでサザンはふと気がつきます。自分は、これと同じことを5歳から見ているではないか、と。ゼロックス社がコピー機を発売する前、同じ内容を紙に複写する場合には、ゼラチンに染み込ませたインクを紙に転写していました。 小学校(イギリスの小学校は5歳から)で、サザン少年はこの作業をよく手伝っていたのです。

ちなみに、サザンの1975年の論文を読んでみると、実験に使った制限酵素や標識化合物は他の研究者からもらったものだったり、菌を培養して自前で調製したりしたものでした。分子生物学が始まったばかりのこの時期、今日のように制限酵素が気軽に買えるはずもなく(制限酵素で有名な某社の設立が1970年代中ごろだそうですので、そもそも制限酵素が市販されていたかどうか微妙なところです)、何もかもが手作りの実験だったのではないかと思います。となると、厳密に実験を行うには調達した材料が自分の求めている品質であるかどうかを確認せねばならないはずですので、今では大学の学生実習でも行われているような実験ですら、材料集めから結果を出すまでに相当の時間と労力を費やしたのではないでしょうか。

ただ、サザンはたいへん実験が好きな研究者らしく、ハイスループット化のために自動化された最近のゲノミクス研究について、自分の手で実験をしていた頃のような緊迫感がないことをぼやいているくらいですので、面倒なことは嫌いと言いつつも、そうした実験準備を案外楽しんでいたかもしれません。

論文よりも先に

サザンが新しい手法を開発した後のある日、コールドスプリングハーバーのマシューズが、サザンのいたラボを訪れました。マシューズはサザンの結果に大いに興味をもち、コールドスプリングハーバーにサザンの方法を持ち帰ろうとしました。しかし、この時までサザンは自分の方法をきちんと紙に書いていなかったので、手近な紙切れに方法を書いてマシューズに渡しました。

その後、マシューズの同僚のボッチャンが、ニックトランスレーションでつくったプローブを使う方法を考案し、サザンの方法の特異性が高まりました。この改良法が、コールドスプリングハーバーから、各地に広まってゆきました。

サザンの方法は多くの研究者に広まったものの、肝心のサザンからなかなか論文が出ませんでした。実は、Journal of Molecular Biologyに投稿はしていたのですが、メソッドの雑誌なので結果にオリジナリティが溢れていなければならない、という理由でリジェクトを食らっていたのでした。

サザンは、実験を重ねて結果を増やし、最終的には論文が掲載されることになります。しかし、その間にも、サザンとコールドスプリングハーバーの研究者は、その方法の説明書を大量に配布していたので、配布された説明書ではなくてこの論文の方を見て、実際に実験した研究者がどれくらいいるのやら、とサザンはその当時を振り返っています。

ところで、サザンが新しい方法を開発してまで研究しようとした5S rRNAの話はどうなったかというと、別の大きな研究グループが集中して研究し始めたと聞いたので、途中で止めてしまいました。後に、5S rRNAのプロモーターは遺伝子の内部にあることが明らかにされましたが、それこそがかつてサザンとフォードが見つけた、卵母細胞の5S rRNAと体細胞の5S rRNAの配列が違っている部分で、実はわざわざ遺伝子の上流部分を見に行く必要はまったくなかったのでした。

ブロッティングとは呼ばないで

サザンが開発した方法は、改良とその普及にコールドスプリングハーバーの研究者が大きく貢献していますが、開発者の名前をとって呼ばれるようになりました。サザンの方法とは逆に電気泳動で分離したRNAを検出する方法、ノーザンブロッティングを開発したオールウィンの論文にも、サザンのテクニック(technique of Southern)と書かれています。ゲルからDNAを染み出させる操作(ブロッティング)がたいへん印象的であることからか、サザンが開発した手法は「サザンのブロッティング法」と呼ばれるようになったようです。その後、短縮されてサザンブロッティングになってしまうのですが、当のサザン自身はブロッティングという呼び名がお好みではなかったらしく、gel transferという名称を広めようと頑張っていたようです(もちろん、まったく流行らなかったのは、現在のサザンブロッティングという名前の隆盛を見れば明らかです)。なお、ノーザンブロッティングを開発したオールウィンたちも、彼ら自身の1977年の論文では、サザンの反対でノーザンなどという冗談を一言も書いていません。開発者自身が最初から方角にちなんだ名付けを行ったのは、サザン、ノーザン、ウェスタンの中では、実はウェスタンだけでした。

まったくの余談ですが、サザンの1975年の論文を読んでいて、最後の結論のところで、frqmentという見慣れぬ単語に遭遇しました。ちょっとキーボードを眺めて、これがfragmentの打ち間違いであると気付き、ワープロソフトのスペルチェック機能のありがたさを認識した次第です。

参考文献

  1. Southern E. M., Detection of Specific Sequences Among DNA Fragments Separated by Gel Electrophoresis, Journal of Molecular Biology, vol. 98, 503-517 (1975)
  2. Alwine J. C., Kemp D. J. and Stark G. R., Method for detection of specific RNAs in agarose gels by transfer to diazobenzyloxymethyl-paper and hybridization with DNA probes, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol. 74, no. 12, 5350-5354 (1977)
  3. Southern E. M., Blotting at 25, Trends in Biochemical Sciences, vol. 25, issue 12, 585-588 (2000)
  4. Southern E. M., Tools for genoemics, Nature Medicine, vol. 11, no. 10, 1029-1034 (2005)

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